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羽根守のハネブログ

羽根守が思ったことを書いていく、そんなブログです。

今日、加速度のついた自転車に撥ねられて考えたこと

 

 今日の午後5時10分頃、ケンタッキー前に自転車に撥ねられた。

 相手はイヤホンで電話しながらタバコを吸っていたヤセ型のオトコだ。

 タバコを吸っていたためか、その自転車はブレーキのかからないまま、私の太ももを轢いた。

 あまりの痛み、私は「何してるんですか」と怒気をこもった声で聞く。

 すると、相手は――、

「オレがドケと言ったから、オマエがそっちに行ったから悪いんやろう」

 と言う一点で、話にならなかった。

 確かに、相手はドケと言った。しかし、1秒もかからないうちに、車輪はふとももに直撃された。

 いつもは温厚な私もこればかりはさすがに怒った。

 

 警察に行こうと自転車をつかんだ。

 これは相手を逃さないための行動であり、自転車を奪うものではない。

 しかし、「自転車をつかむな!」と、痩せ型のオトコは叫んだ。

 私は相手の意見を聞かず、ずかずかと警察署へと向かった。

 だが、相手は自転車を手放して、「警察まで運べ」と舐めかかる。

 これ以上、相手をなめかかって、ケンカになると思い、私は「もういい」と言って、相手を自由にしてしまった。

 

 相手にナメられた挙句、相手を逃してしまい、失態を晒してしまった。情けない。

 前輪に当たった右ふとももが今もヒリヒリと痛んでいる。

 一応、派出所に警告なしの被害届を出した訳だが、正直、私を轢いた容疑者は捕まる見込みはないだろう。

 

 この事件で学んだことが3つある。

 1つ目は、すぐ名前を聞くこと。

 すぐ名前を聞けばそれでよかったが、感情的になってしまい、コイツを警察にワタシてやろうかと考えてしまった。これがダメだ。相手はパニックになっているうちに名前を聞けばよかった。

 もし、時間を置いて、名前を聞くことを思い出しても、「なんでオマエに名前を言わんとアカンの」というだろう。

 名前を聞くことは大事だ。相手を考える時間を与えずに、すかさず聞いて、確認する。これが大事だ。

 

 2つ目は、ナメられないこと。

 感情に毒されて、「何してるんですか」と言ってしまい、相手に構えさせる時間を作ってしまった。そこから相手は開き直っていて、自分は悪くないと一点張りだった。

 この時、私自身、感情的になっており、名前を聞くことよりも相手を警察に行って、警察の前に謝って欲しかったというのが私の本音だった。自分のしたことは悪いことだと自覚して欲しかったが、この言い回しだと攻撃的な言葉のため、相手を構えさせてしまった。

 

 最後に、自転車に撥ねられた時に気をつけるのは、“感情的にならない”こと。

 癇癪持ちではないのだが、この時ばかりは感情がはじけて、相手の名前を聞くという一番大事なセオリーを忘れてしまった。情けない。ホントに情けない。

 どんなことがあっても、理性的な判断ができる心を持ち合わしたい。感情的になっても相手の名前を聞くという常識を頭に置いておきたいものだ。

 

 もし、明日にでも自転車に撥ねられたどういうふうに対応できるか。

 特にタバコやイヤホンをつかながら運転する人間をどうするか。

「オレがドケといったのだから悪くない」

「オマエがそっちに避けたのだからオレは間違っていない」

「時間はないんだから、早くしろよ」

「なんで警察にイカンとアカンの」

 開き直った相手は無敵だ。なんでもかんでも正当化しようと行動する。

 しかも相手はタバコを持っている。そのタバコで根性焼きされる可能性もあるのだ。

 そんな相手とどうやって対話するか。

 言うまでもなく、歩道は歩行者優先である。裁判に争っても勝ち目がない。

 しかし、そんな常識も持ちあわしていない人間は、基本、相手を見下し、相手をいらだたせることばかりする。話ができない。

 そんな相手とイメージトレーニングしてみよう。どうなるか。

 

 実際の話、私は泣き寝入りしてしまい、一人で警察者へと行くことになった。

 被害届を出したが、相手の名前がわからない。これは大きなミスだ。相手に気付かれずに写真を取るか、名前を聞けばよかった。今でも後悔している。

 もし、スマホタバコをしているヒトがいるのなら、やめてほしい。というよりも、一体どうやって、電話しながらタバコを吸っていたのか。毘沙門天や釈迦ならわかるが、両手しかない人間がどうやって自転車を動かしたと疑問に思う。

 ああもうこれ以上、考えるのはやめよう。なんか、みじめになりそうだ。

 

 まあ、あの歩道にはこどもや年寄りが居たから、私にあたったというのは不幸中の幸いか。もし、私がそこにいなかったら、こどもと年寄りが、加速度のついた車輪の下じきになったのかもしれないと、太ももと一緒に自分自身を慰める。

 

 ……でもでも、意味もわからず、いきなり撥ねられたことが一番、悔しいです。